不登校解決現場レポート

将来のことを考えるときに今の自分を基準しないほうが良いかもしれないというお話

こんにちは。
仙台支部の上原です。
夏休みには多くの学校でオープンスクールや説明会など進路に関する話が出てきますね。
そこで今日は将来について考えてみることにしました。

未来の自分はどうなっている?

大人も子どもも将来について考える時はあると思います。
私の世代ならそろそろ老後を見据えて準備しておかなければなぁとか、親の介護とかどうしようとか、色々ありますよね。
子ども達も高校受験、大学受験どうしようとか、中学の部活動どうしようとか、クラス替えで新しいクラスになった時どうしよう、などなど。
こうやって考えてみると子どもたちの方が近い未来を、大人は先の未来を見ているような気がしますね。

今回はその中間くらい。少し先の未来について考えてみたいと思います。
具体的には5年後とか10年後くらいまででしょうか。

今16歳の高校生なら10年後は26歳の大人になっています。
時間は全ての人に平等なので、それは間違いのない確定した事実です。

そんな先のこと考えても仕方ない、分からない、という意見もあるでしょう。
それはその通りです。
未来がどんな風になっているかはその時になってみないと分かりません。
ただ「だから考えなくていいや」だとちょっと怖いですよね。

それに10年後というのは、ワープするみたいに急に来るわけではないのです。
今過ごしている1分1秒が積み重なって10年後に繋がっています。
極端な話、今日外に出たか、家で過ごしたかで将来は大きく変わっているかもしれないのです。

なので想像してみて、なるべく良くなるように動きたいですよね。
そこで今回考えたいのが未来のこと考える時に今の自分を基準にしないほうがいい、という話に繋がってきます。

人間は変化するのが当然

未来を想像したとき行動を阻害するものがあります。
それは「これは出来そうにない」とか「分からないし知らない」とか想像が叶わないと感じる感情です。

そこで考えてみて欲しいのです。
出来そうにない、分からない、知らないと感じているのは「今の自分」ではないかと。
今の自分にはそうだったとして、10年後の自分もそうなのだろうか?ということです。

例えば私はピアノが弾けません。
引こうと思ってもピアノ自体持っていないし、練習方法も分からないし、やる時間だってそんなに取れないと思います。
だから「結婚式でピアノの演奏してよ」と頼まれたら断ります。出来ませんので。

しかしそれが「10年後○○という企画があってそのためにピアノの演奏をしてくれないか」と依頼があったとしたらどうでしょうか。
やるかやらないかは別の話として、10年間の練習期間があるのなら出来そうかも、と私は感じます。

今の自分を基準に考えたら出来ないけど、未来の自分なら出来るかもというパターンですね。
その反対もあります。

友人から「来年一緒にフルマラソンに参加してみないか?」と誘われたら出来そうな気がしますが「10年後、フルマラソンしよう!」の場合は体力的にちょっと厳しいかも、と感じてしまいます。
もちろんご高齢になっても元気いっぱいに走っているかたもおられるので、加齢によって無理と言うよりは、私自身の身体の問題を懸念してのことですが(元々膝に難を抱えており、時間と共に悪化しているためです)、未来になるがゆえに可能なことが難しくなるパターンですね。

このようにそれぞれの事情によって違いはあると思いますが、共通しているのはどちらも「今の自分を基準にして考えると判断を間違える可能性がある」ということです。

子どもたちの問題で言えば「今は勉強が出来ないから高校進学は出来ない」とか「今は友達がいないから学校に行けない」とか「今は体力がないから学校に行っても1日過ごすことが出来ない」とか色々あります。

アルバイトや就職なども同様で「今の自分では到底できる気がしない」と感じて、じゃあ〇年後出来るようになるために〇〇をしよう!となりにくいのです。

ここがとても勿体ないところですよね。
今出来ないことは何も悪いことではないのです。
でもそれで未来の為の行動までやめてしまったらずっと出来ないまま時間だけ過ぎてしまいます。

上で例に挙げた16歳の高校生が「自分には働くことなんて無理そうだ」と今の自分に感じて、そのせいで努力をしなくなったら26歳になった時、本当に働けない自分になっている可能性があります。
それは非常に勿体ないです。

反対もあります。
「今は大丈夫だから」と油断して努力を放棄すると、10年後「あれ、前は出来ていたのに出来なくなってる」ということもままあります。
体力や気力などは、歳を重ねるごとに減っていくのは自然の摂理ですし…。

過信せず、不安になり過ぎない

つらつらと書いてしまいましたが、大切のはどちらのパターンでも必要な努力をすること、だと思います。
昨今「努力」なんていうと前時代的だったりパワハラだったりと悪いイメージを持たれる方もいるかもしれませんが、何も倒れるまでがむしゃらにやれ!なんて言っているわけではないのです。

自分の未来の為に、今出来る範囲での努力をしてみよう、というそれだけなんです。
いきなりフルマラソンは無理でも1日5分散歩をすることなら出来るかもしれません。
それを続けて5分が10分になり、散歩がジョギングになりと10年続けて成長していけば走り切れるようになるかもしれません。
しかしフルマラソンなんて無理だと「今の自分」を基準にして考え判断して、練習をしなければ出来ないままでしょう。

そして未来は繋がっていると言ったように努力した結果、フルマラソンは出来なかったとしても、ハーフマラソンなら走り切れる体力がついているかもしれません。

物事は0か100ではないからです。
過程があればその分の成果は得られるのですね。
失敗や成功という結果にのみ捉われてしまうとそこが見えなくなってしまいますよね。

ですから今の自分に根拠のない過剰な不安も、自身も持たず、ニュートラルな思考で出来ることを探してみたいですね。
これは大人も子どもも同じだと思います。

もし悩まれた際はご相談ください。
より良い未来に為にどうしたらいいのか一緒に考えたいと思います。
それではまた。

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